
ルソーっぽい RT @doramao: 政府が日本国民の幸福追求を目指した活動を行っているのだとすれば、御用学者と謂うのはその推進力となる望ましい立場であると謂えそうだね。そして、政府を選ぶのは市民だから、御用学者は市民の代弁者でもあると謂えそうだね。
2011-10-05 23:13:28 - 返信元ツイートを取得する

@letterdust0 対立が問題の本質ではなく、バイアスが問題であると書いているつもり。あと、市民であることの無謬性(を信じてしまう)についての話として捉えていただければ幸いです。そう謂う風に読める文章に仕上がっているのであれば、私の書き方が悪いのかも知れません。
2011-10-09 13:29:12 - 返信元ツイートを取得する

@doramao 対立は否定してないというか、社会科学は対立そのものの解消ではなく「対立はある」とした上での相互の利益の明確化ぐらいしかできないのでは。短文だとうまく説明しにくいので、ちょっと今からネットカフェいってきます。
2011-10-09 13:42:30 - 返信元ツイートを取得する
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@doramao これは私の読んだ感想なんですけど、どらねこさんのあれを読むと「対立は回避されるべき」というふうに読めるんですよ。で、批判的な人の何人かは「対立は明確化されて力関係を考慮され弱い方が尊重されるべき」という思想なのでたぶんずっと噛み合わないとおもいまふ。
2011-10-10 20:30:36 - 返信元ツイートを取得する

@letterdust0 ご意見有り難うございます。対立することはあるし、集団をつくらないなんて事は現実的ではないですね。自分がどの場所に居て、どのような景色を見ているかについて自覚的になろう、と謂うことなのですが。対立の構図を煽る事については上記の理由で否定的に言及しました。
2011-10-10 20:48:20 - 返信元ツイートを取得する

@sasaiicco @doramao しかるべき教育を受けて、研究結果により政策を左右することが可能(可能性の大小はあるにせよ)な科学者は「市民」に対して権利を持つのは当たり前じゃないですか?
2011-10-10 20:58:20 - 返信元ツイートを取得する

@doramao 例えば性的マイノリティなどの弱者に対して「気持ちの問題」として抑圧されてきた歴史的な流れを省みた時に、私は市民側の「対立せよ」との声に耳を傾けます。ただ、繰り返しますが、マイノリティの側は本来連帯の呼びかけのないうちは集団ではない。これは歴史観の違いなんだろうか
2011-10-10 21:02:35 - 返信元ツイートを取得する

@letterdust0 う~ん、マイノリティ差別では『弱者』が社会生活を営む上で、なるべく叩かれないようにその構造の中で適応的に振る舞うことで温存される側面もあると思うのですね。で、出る杭だけ打たれる。適応的に振る舞うヒトに連帯せよ!と呼びかけて解決したでしょうか?悩ましいです
2011-10-10 21:17:12 - 返信元ツイートを取得する

@doramao アメリカ公民権運動はキング牧師やマルコムXがそれまで分断されてきたアメリカ系に連帯を呼びかけて徐々に勝ち取られました。また、クイア運動は団体を組織することでアイデンティティの獲得やカムアウトしやすい環境を整えてきました。 人は環境により変わるんですよね??
2011-10-10 21:48:13 - 返信元ツイートを取得する

@letterdust0 そうそう、達成には相互信頼が大きく貢献したのだと思います。私が述べているのは今の日本で上手くいかないのはその相互信頼が足りないからなのでは?と謂う意味のツイートですよ。だから、まず其処から始める事が必要では?と謂う話で、繋がってます。以上。終わりましょう
2011-10-10 21:54:40 - 返信元ツイートを取得する

.@doramao あ、分断統治されている人たちについてコミュニケーションを促すための提案だったんですか?それならまあ。 ではおやすみなさい。
2011-10-10 21:57:37 - 返信元ツイートを取得する
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