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にらめったー(NearMetter)とは、気になる2人のTwitterユーザー対談が見られるツイ談(Twi談)サイトです。

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取得可能 (最終取得時間:2011-06-26 01:05:53)

fsxtnkntikani_nemuru_M のツイ談  

fsxtnkn

そもそも「~用語」という語は言葉自身に内在的に決定されるという条件の下でしか用いられないという前提がおかしいので、 「差別用語」がありえないという yutakioka さんの立論は内的に破綻していると思いました。 RT @tummygrrl @tikani_nemuru_M

2011-06-24 17:11:25 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

.@tikani_nemuru_M さん、同趣旨のツイートを二度送ってしまうことになり、失礼いたしました。

2011-06-24 17:19:25 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

@fsxtnkn そうですね。言葉自身において内在的に決定される、という事実を述べることと、内在的に決定される【べき】という価値論が、yutakiokaの議論において明らかに混同されているように思えます。

2011-06-24 21:14:40 - 返信元ツイートを取得する

 

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fsxtnkn

混同というよりは、論理的に一貫性が欠けているように思います。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-24 22:44:00 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

yutakioka さんは「言葉の意味は言葉自身に内在的に」決まることはありえないと主張しています。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-24 22:44:11 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

それならば、「差別用語」の意味についても内在的に決まらないと理解しなければ筋が通りません。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-24 22:44:18 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

すなわち「差別用語」の意味は文脈依存的に決まる → 「差別用語」が存在するかどうかは、その意味を決定している文脈次第、と考えなければなりません。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-24 22:44:40 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

彼の中では、「差別用語」の意味を内在的に決めるのは「差別用語」という語を使う人々、ということになっているのでしょうが、言葉の意味が内在的に決まることがありえないなら、「決めた」ことは特定の文脈に回収して理解されなければ一貫しません。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-24 22:46:03 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

回収して理解されているなら、《「差別用語」が正しく使われるとすれば、~のようになる / ~のようだが、そのような語を使う実益は乏しい》 などのように論じられているはずです。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-24 22:47:23 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

彼が「差別用語」の理解を文脈から整理してみせていないことは、そもそも彼が彼自身の立場をろくに理解していないことを示していると思います。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-24 22:47:57 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

事実を語るが如きスタンスで価値を語るペテンといったほうがよかったかもしれません。 RT @fsxtnkn: 混同というよりは、論理的に一貫性が欠けているように思います。

2011-06-25 02:08:05 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

@fsxtnkn そうですね。僕も『たとえば「エタ」を差別と無関係にどうやって実際に使うのか、用例を示してもらいたい。』と問いました。まず、答えられないはずです。空理空論だったということです。

2011-06-25 02:12:51 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

こんばんは。方向性としては同調したいのですが、yutakioka さんへの反論は、「エタ」などの語を差別と無関係に使うことは可能という前提の上で行われるべきだと考えています。確かにある語の使用が差別的かどうかは文脈が決定するからです。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 18:23:04 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

例えば、差別的な傾向がないアカウントと、一時的に「エタ」という語を「豆腐」の意味に使うと約束したとします。その上で「昨日エタ食べた?」「食べたよ/食べなかったよ」というやりとりをします。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 18:23:19 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

直後にこのやりとりはある語の使用が差別的かどうかは文脈が決定することを示すために行った、このような意図が明示され必要な弁明が行われずに「エタ」が使われた場合には、通常の差別的な意味に理解するのは何らおかしなことではない、(続く) RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 18:23:48 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

(続き) と関係者が一致して確認すれば、差別的でない用例になります。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 18:24:11 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

yutakioka さんの議論は「ある語の使用が差別的かどうかは文脈が決定する、ある語に内在的に意味が決定されていることはありえない」という理論的な主張の点でおかしいわけではなく、むしろその具体的帰結を誤った点がおかしいのだと思います。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 18:24:22 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

「日本語の一人称『俺』は差別的か? http://j.mp/iwz7dz 」でも見られましたが、少なくない人々が「語の意味は文脈に依存する」という主張の具体的帰結を誤って理解してしまうようです。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 18:24:53 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

すべての語の意味が文脈依存だと考えるなら、ある一定の語群と「差別(的)」という語につき、多くの文脈で共通の用法が認められる場合には、「差別用語」という指示とそれにより指示されうる語群の存在を理論的に認めなければ筋が通りません。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 18:28:57 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

俗説とか常識とか「良心的」言説から離れた、「哲学的」視点に触れたと思う人は、往々にして帰結も俗説や常識や「良心的」言説から離れると思い込む傾向があります。そういう人は、理由ではなく「哲学的」雰囲気で考えているのだろうと思います。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 18:29:06 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

yutakioka さんの「差別用語」に関する議論 http://j.mp/mJ3vFH について、@tikani_nemuru_M さんとかわしたやりとりをにらめっておきました。 http://j.mp/mPeyDc

2011-06-25 18:35:16 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

文脈の恣意的な操作の不可能性を指摘していると解釈してよいですか? RT @fsxtnkn: ある一定の語群と「差別(的)」という語につき、多くの文脈で共通の用法が認められる場合には、「差別用語」という指示とそれにより指示されうる語群の存在を理論的に認めなければ筋が通りません。

2011-06-25 21:27:20 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

これは「関係者」の範囲に問題がありませんか? RT @fsxtnkn: (続き) と関係者が一致して確認すれば、差別的でない用例になります。

2011-06-25 21:33:02 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

@fsxtnkn 文脈の恣意的な操作が不可能である、ということであるなら、その意味において「「エタ」などの語を差別と無関係に使うことは【不可能】」というのが僕の論点です。文脈はすでに歴史的に社会的に決定されていると考えます。文脈次第、は正しいが故に操作は不可能ということです。

2011-06-25 21:33:16 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

リプライありがとうございます。文脈次第、は正しいが故に文脈の恣意的な操作が不可能と tikani_nemuru_M さんがおっしゃるとき、正しい解釈がなされていると思います。その意味では、恣意的な操作の【不可能】性を指摘しています。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 23:40:09 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

しかし、不-可-能 という記号は、歴史的・社会的に【決定】されている文脈にのみ対応するわけではないですし、そもそもその【決定】される文脈自体、個別的な使用の蓄積=《決定》されていく文脈の束 を条件として成立しています。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 23:40:27 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

言語・記号には、個別の使用者を直接コントロールする機能などありませんから、当然それが使用される可能性には恣意的濫用の可能性が含まれます。この意味では恣意的な操作は常に原理的に《可能》です。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 23:40:54 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

私たちは、恣意的な態度に理由がないので【不可能】と【決定】することならできますが、《不可能》と《決定》することはできません。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 23:42:23 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

これを考慮するなら、【不可能】という記述に問題がないとしても、《可能》とする視点にうまく対応できる言い方も考える必要があると思います。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 23:42:53 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

http://j.mp/iNYfEa は、私なりにその必要に応えたつもりの言い方です。恣意的《可能》性を考慮にいれても合理的に否定できることを論ずればよいと思うのです。 RT @tikani_nemuru_M

2011-06-25 23:46:04 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

@tikani_nemuru_M 以上が話の大筋です。あと、「エタ=豆腐」の例の「関係者」の範囲に問題がないか、という疑問についてですが、問題はあります。むしろ問題を認識しているから、「必要な弁明」を例に含めたつもりです。

2011-06-25 23:50:09 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

yutakioka さんの「差別用語」に関する議論 http://j.mp/mJ3vFH についての @tikani_nemuru_M さんとの会話まとめを更新しました http://j.mp/mPeyDc

2011-06-25 23:55:09 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

これは納得です。 RT @fsxtnkn: 言語・記号には、個別の使用者を直接コントロールする機能などありませんから、当然それが使用される可能性には恣意的濫用の可能性が含まれます。この意味では恣意的な操作は常に原理的に《可能》です。

2011-06-26 00:02:13 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

ここでの【】と《》の用法の違いがわかりません。 RT @fsxtnkn: 私たちは、恣意的な態度に理由がないので【不可能】と【決定】することならできますが、《不可能》と《決定》することはできません。

2011-06-26 00:02:54 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

「誰がなんと言おうと、その「エタ」というコトバは俺のことを侮蔑している」と被差別部落出身者が主張した場合、を想定しました。そもそも被差別者は外部からラベルを貼られ、【巻き込まれ】てます RT @fsxtnkn: むしろ問題を認識しているから、「必要な弁明」を例に含めたつもりです。

2011-06-26 00:06:25 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

その理路も有効かと。この場合の批判されている人物に理解可能かはこころもとないけど。 RT @fsxtnkn: http://j.mp/iNYfEa は、私なりにその必要に応えたつもりの言い方です。恣意的《可能》性を考慮にいれても合理的に否定できることを論ずればよいと思うのです。

2011-06-26 00:08:18 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

@tikani_nemuru_M 【】と《》は、それぞれの語が属する文脈の違いに対応しています。前者が個別の使用の蓄積から帰納的に認められる歴史的・社会的文脈、《》が個別の使用に即して考える文脈です。

2011-06-26 00:09:41 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

総じて特に異論はありません。少し本筋を離れますが、おっしゃる「言語・記号には、個別の使用者を直接コントロールする機能などありませんから」がいわゆる「言霊」との関連で興味深かった。 RT @fsxtnkn

2011-06-26 00:11:14 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

おっけー。諒解。 RT @fsxtnkn: 【】と《》は、それぞれの語が属する文脈の違いに対応しています。前者が個別の使用の蓄積から帰納的に認められる歴史的・社会的文脈、《》が個別の使用に即して考える文脈です。

2011-06-26 00:14:42 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

@tikani_nemuru_M 難しいですが、「エタ=豆腐」における「エタ」は「消えた/きえた」の「えた」と同じだ、ただそのように記号は使えることを示すためになりゆきで触れさせてもらった、不愉快になるのがいわれのないことだとは思わない。申し訳ない、と答えるしかないと思います。

2011-06-26 00:15:19 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

@tikani_nemuru_M 確かにこころもとないのですが、知的に理解するのが難しいわけではないので、みんなが似たようなことを言うようになれば、案外大丈夫なんじゃないか、などと甘い考えを持っています…

2011-06-26 00:17:02 - 返信元ツイートを取得する

 

fsxtnkn

@tikani_nemuru_M うまく伝わったようでよかったです。何かしら興味深い点があったなら、こちらとしてもうれしいです。

2011-06-26 00:18:29 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

@fsxtnkn 言語と構造的な差別が関連したとき、被差別マイノリティは自らの意思にかかわらず巻き込まれているわけですね。しかしその「エタ=豆腐」の思考実験ではその巻き込みの範囲を実験者が規定できるわけです。範囲を規定できることそのものが、権力の問題じゃないかと思えます。

2011-06-26 00:20:29 - 返信元ツイートを取得する

 

tikani_nemuru_M

いろいろ面白かったっす。 RT @fsxtnkn: @tikani_nemuru_M うまく伝わったようでよかったです。何かしら興味深い点があったなら、こちらとしてもうれしいです。

2011-06-26 00:25:28 - 返信元ツイートを取得する

 

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