
RT @hhasegawa: (承前)ある研究者が死んだ場合を考えてみよう。子供が同業者でもない限り、彼の蔵書は古書として市場に流通するか図書館に寄贈されるかするはずで、いずれにせよ次にその本を必要とする人のもとに渡る可能性が残される。物体としての本は持ち主の死後も生き残って、共同体の文化に資するわけである。
2012-02-22 22:54:42 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: (承前)翻って「自炊」された書物は、おそらく本それ自体は廃棄されてデータだけが残るわけだが、持ち主が死んだ場合、記録媒体に残されたそのデータはどうなるか? 現状では、この時点でそのまま廃棄される可能性が高いのではないか。とすれば、文化の継承性からして、これは深刻な問題であり得る。
2012-02-22 22:54:46 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: (承前)かようにテクストが物体としての書物の形で流通していることは、知識の世代間の継承を保証している側面があると思われる。著作権保護期間を経過した書籍を、例えば国会図書館が責任を持って電子化して無料配布する、といった制度が整備されていれば、おそらくは安心して「自炊」できるのだが。
2012-02-22 22:54:50 - 返信元ツイートを取得する
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RT @hhasegawa: 「三大白色テロル」繋がりで書きますと、昨年に翻訳が出たニコラス・ファレルのムッソリーニ伝によればドゥーチェの出した布告の一つにクリスマス中止があったそうです。この種の行事への純世俗的反応としてはおそらく世界初で、彼こそ某同盟の先駆者たる栄誉の請求権を有するのではないでしょうか。
2012-02-22 22:54:58 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: 昨日の続き。ドゥーチェがクリスマスに反対するのは、「ブルジョワ的でアングロ・サクソン的」だからだそうです。異教的な起源ゆえにという宗教的理由ではないところが、純世俗的対応とした所以です。イギリスかぶれのブルジョワの行事というところが、例の白色テロル話を彷彿とさせて興味深いですね。
2012-02-22 22:55:05 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: ブクマの一部で「蒐集」という言葉が使われているが、あらかじめ集めるべき対象として産業の側が用意した商品を言われたとおりに集める行為を蒐集と称するのは果たして適当なのか、という感想を持った。 / “モバイルSNSゲームが儲かる本当の理由…” http://t.co/BsHhk0kM
2012-02-22 22:55:19 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: (承前)蒐集という行為は、「怪物的な商品の集合」のなかに自ら入り込んで行って、その商品たちを自らの知性と意志で強引に秩序づけるという、ある種のヘラクレス的大業だと思うのですがね。であるがゆえにこそ、「蒐集家、この世に存在する最も情熱的な人間」とバルザックは書いたのでありましょう。
2012-02-22 22:55:23 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: 学問ではリンガ・フランカたる英語を使うべきだ、いや人文学では現地語こそ肝要だ、という言い合いはもはや定番の感がありますが、そこでは英語でもなければ「現地語」でもない言語を主に使用する研究者が想定だにされないところに、昨今の日本の大学での言語的な力関係が反映されているかのようです。
2012-02-22 22:55:31 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: (承前)「偉大な蒐集家たちは多くの場合、対象選択の独創性によって際立たせられる」(ベンヤミン)のですが、産業の要請に従って商品の一群を集めようとする限り、独創性を発揮する余地はないはずです。彼らは商品という怪物を支配するつもりで、商品の海に自らを埋葬してしまうほかないのでしょう。
2012-02-22 22:55:37 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: (承前)人文学や社会科学のある部分では、ドイツ語やフランス語のような言語が最も通用し、英語を母国語とする人間もこれらの言語を用い研究発表する場合がある、というのが端的な事実だと思うのですがね。この両語については、限定的とはいえ未だリンガ・フランカ的な役割を果たす面があるはずです。
2012-02-22 22:55:38 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: (承前)英独仏トロイカ体制は終焉した、英語を基軸にアジアの言語を学べ、という提言も、政治的正しさの外見も奏功して歓迎されるようですが、東欧からアジアの諸地域については、研究の蓄積が独仏両語圏にあったり、辞書が独仏語で書かれていたりする場合も多い、という事実はどうなるんですかね?
2012-02-22 22:55:43 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: 昨日の続き。英独仏三か国語体制を批判して独仏語学習者の削減を主張する向きがありますが(鈴木孝夫など)、独仏語の国際的地位が(独仏語ができない人が思い込みたがっているより)なお高い、つまり現地語としてのみならず国際語として使用する分野もある以上、事実を反映しない言い草に思われます。
2012-02-22 22:55:48 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: (承前)歴史を振り返れば、英独仏三国語をほぼ均等に習得させてきたのは、各国の得意分野を効率的に吸収するためだけでなく、言語を通じて一外国の影響力が強化されるのを警戒したためでもあるでしょう。独立を守ってきた智慧を放棄して、その辺の旧植民地と同類になりたがる心情でもあるんですかね?
2012-02-22 22:55:54 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: 数日前に急に「文化資本」でTLが埋まり、この語がツイッター界隈で言われる際の胡散臭さが明瞭になったのではないですかね。どういうわけか皆さん、ごく通俗的な意味での「育ち」の学問めかした言い方として使っていらっしゃる。「育ちの悪さ」と「文化資本の欠如」は同義でないと思われるのですが。
2012-02-22 22:56:01 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: (承前)重ねて興味深いのは、その通俗的な意味における「文化資本の欠如」の例として、これまた通俗的な意味での美食に対する趣味の悪さが挙げられる傾向が見られたところです。一例としてならば不適切ではないのかもしれませんが、文化といったら美食を思いつく態度もまた成金趣味に思えなくもない。
2012-02-22 22:56:05 - 返信元ツイートを取得する

RT @hhasegawa: こういう話を聞きますと、否メクレンブルクこそ「ドイツの本質」だろう、と言ってみたくもなろうというものです。中世よりこの方エルベ以東で積み重ねてきたことを国外でするようになったとき、あの国の近代が成立したように思われるからであります。 / https://t.co/0IPC6HoD
2012-02-22 22:56:12 - 返信元ツイートを取得する

@heero108 どうもありがとうございます。今年に入ってから、四年目にしてツイッターの使い方のスタイルが定まった気がします。140文字という制限を意識して行う、思考と文体の練習の場、ということで。レートリケーはロゴスより深い、という考えを否定する必要もないと思っています。
2012-02-23 06:40:44 - 返信元ツイートを取得する
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