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取得可能 (最終取得時間:2010-10-16 22:32:56)

hitokirigoroTomoMachi のツイ談  

hitokirigoro

そういう認識を持っておられることも思いますが、価値相対主義の無責任への反発や、町山さんの自身の資質によって、それが一主観ではなく客観的正解であるかのように押し込まれてる部分は大きいと思います。 @TomoMachi

2010-10-10 09:04:33 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

物語や成長の基盤になるものの共有の本質的な難しさについては、すぐ下のshanti_aghylさんとのやり取りの中で呟いています。映画批評自体の話からはずれてしまうかもしれませんが、もしお時間あれば彼のつぶやきも含め、参考にご一読いただけると幸いです。 @TomoMachi

2010-10-10 09:26:41 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

具体的な対象についてのやり取りではないのでどうしても話が抽象的になってしまいますが、僕の町山さんに対する違和感の言うのは、個々の具体的なバランスの中で模索されるべき真実を、「これ」と指さそううとしすぎているのではないか、ということに尽きます。 @TomoMachi

2010-10-10 15:22:38 - 返信元ツイートを取得する

 

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hitokirigoro

僕も、教養や近代の物語が不要で、個々人が好きなように思い、勝手な解釈をすればいいとは全く思っていないし、町山さんの映画史の文脈や時代思潮との関係、制作者の資質や意図などを丁寧に彫り込むお仕事からは、多くの事を学び、刺激を受けています。 @TomoMachi

2010-10-11 00:12:02 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

スタンダードとされているものは何かを知り、そこから現在の状況や、個々人の事情を計っていくプロセスの重要性の重要性に認識も共有しているつもりです。だから、その必要を説き、映画批評に課そうとする町山さんの姿勢自体を、抑圧的とは思わないし、むしろ重要だと思う。 @TomoMachi

2010-10-11 00:12:23 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

自分の違和感はそこにあるのではなく、スタンダードを解釈する時、町山さんの思いがバイアスとしてかなりかかっているのではないかということです。そうした(半ば無意識含めた)恣意を含めて、スタンダードだと強弁されている部分が大きいのではないか。 @TomoMachi

2010-10-11 00:13:24 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

町山さんには、具体を積み重ねて行けば真理に辿り着くという信仰のようなものがあるのではないかと、文章や発言を拝見していて感じます。けれど、その具体の選び方や強調の仕方に、既に読み手の恣意が入っている。 @TomoMachi

2010-10-11 00:13:49 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

だからといって、「所詮すべて個々の恣意だ」「人それぞれだ」と居直っては駄目ですが、恣意であることを受け入れて、他者の恣意や角度の入った「スタンダードの読み方」とすり合わせを計り、普遍を目指す終りの無いことと、偏りや不完全への謙虚さは大切だと思います。 @TomoMachi

2010-10-11 00:14:09 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

普遍性の大切さや、真理は一つであることと、それに対する個々の視野や実践の角度が別々であることは矛盾しません。町山さんの、表層を読んで意図を正確に理解した上で、最後は自分の生き方をぶつけるという姿勢には共感も賛同もしますが、→ @TomoMachi

2010-10-11 00:14:34 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

→正直、勢い余って、真実の見方や個々の角度を一元的に押し流してしまおうとされることが多いように感じられます。その強引さを通す時に、前段で積み上げたディティールの迫力が強迫として作用する。 @TomoMachi

2010-10-11 00:14:54 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

町山さん独特の強い思いや願望には、共感したり、魅力を感じたりする部分は大きいし、たとえそれが間違っていても、偏っていても、「魅力的な偏り」だと自分は感じることが多い。 @TomoMachi

2010-10-11 00:15:29 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

だから自分にとって町山さんは学ぶべきことの多い教養人であると同時に、魅力的な間違いをする作家です。 @TomoMachi

2010-10-11 00:15:39 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

ただ、その二つの別々の個性が、曖昧に混じり合ってしまうことが多い。しかもその両方が強力なので、偏りや恣意をそれとして距離をとり、腑分けすることが難しい。町山さん自身も一つであると思い、強引に押し通そうとされる場合が多い。 @TomoMachi

2010-10-11 00:16:03 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

そして、性急に他者を差異化し、正しさと魅力の側に連なるお墨付きを得たいと思う種類の読者と、かなり不健康な関係が出来上がっているとも感じます。だから、僕が町山さんに希望するのは、スタンダードの指向、教育と共に、恣意を恣意として引き受ける厳しさです。 @TomoMachi

2010-10-11 00:16:24 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

魅力的であることと正しいことは別個のことだし、個々が自身の恣意を恣意として引き受けることは、むしろ普遍を意識し、目指す為にこそ重要なことだと思います。 @TomoMachi

2010-10-11 00:23:10 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

特権的な人間がコネで問題解決という部分への違和感も、あの膨大な手書きの手紙の束と、藤純子のゆったりとした語り口の説得力が支えている。「持てる者の義務」「繋がりがあっての心意気」を称揚する映画があっても良いと思う。 @TomoMachi

2010-10-11 01:04:03 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

@TomoMachi お忙しい所恐縮です。中野京子『怖い絵』読んでみます。

2010-10-12 16:54:30 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

@TomoMachi 僕がお伝えしたいことは、福田恆存『私の幸福論(または『幸福への手帖』)の最終章「快楽と幸福」および「あとがき」の内容とかなり重なっていると思います(僕の解釈や要約によって、本当にそうなっているかどうかはわかりませんが、自分ではそのつもりでいます)。参考までに

2010-10-12 18:01:23 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

その上で僕が指摘したのは、その事実、ディティールの受け取り方、提示の仕方にも、既に論者の恣意が必ず入っているということ。だから、恣意をより普遍や真理に近づけるためには、まず恣意自体を認めて、他者の恣意によるディティールとすり合わせる作業が必要です。 @TomoMachi

2010-10-13 01:02:36 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

それは、まさに終りの無い作業だし、互いに反発する読みについては徹底的に論争する必要のある場合もあると思います。しかし、敢えて言えば、それでも決して真実それ自体には辿り着くことはありません。 @TomoMachi

2010-10-13 01:03:01 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

例えばある文章について、それが何を意味するのか、どういう意図を持って書かれたのか、全ての場合に唯一の、確かな答えがあるということはあり得ません。 @TomoMachi

2010-10-13 01:03:24 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

必ず、書き手の思い自体が曖昧で、書き手自体が半ば無意識に、幾種類かの意味を込めた曖昧な文章を書いてしまうことがある。文脈や書き手の背景を詳細に追っていくことでいくつかの推論に辿り着くことはできるけれど、 @TomoMachi

2010-10-13 01:03:51 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

それはあくまで推論であり、大まかな腑分けでしかない。意識、無意識の様々な感情や欲望の衝突や混濁を、すべて見通し、(それが自分自身のものであってさえ)整理できると考えるのは、理性を過信する性急な傲慢だと思います。 @TomoMachi

2010-10-13 01:04:13 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

勿論、これは極論であって、それ以前のディティールの積み重ねが無意味だとは全く思わないし、そう言ってしまうのは(町山さんも批判されている通り)無恥な傲慢に過ぎない。けれど最後の最後は、すべての批評は印象批評であるという逆説に耐える、謙虚さが必要だと思います。 @TomoMachi

2010-10-13 01:04:34 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

現実というのは物質だけで出来ているわけじゃない。人の欲望の所在や正否まで、ディティールの分析で見通せると考えたがるのは、実は客観でも何でもなく、逆に個が肥大したエゴイスティックな迷妄だと思います。 @TomoMachi

2010-10-13 01:04:59 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

申し訳ないのですが、このことを町山さんのこれまでの仕事に当たって、具体的に論証する時間と余裕が、今自分にはありません。また、単にこれ以上町山さんのお仕事の正否に話を集中することも、自分の本意ではありません。 @TomoMachi

2010-10-13 01:05:38 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

ほぼ、前回のやり取りの繰り返しになってしまいましたが、おそらくここから先は現時点では平行線になりそうな気がします。取り敢えずここで区切りをつけて、後は読まれた方各々に議論を委ねたいと思うのですがいかがでしょうか。不充分と言うことであればお付き合いしますが。 @TomoMachi

2010-10-13 01:06:07 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

一つだけ補足します。全てが印象批評だということを引き受けた上で、印象批評の魅力と説得力を戦わせること。そこにはまた別の厳しさがあると思います。そして、最終的に表現(文学)が引き受けるべきは、実はそちらだと僕は思っています。 @TomoMachi

2010-10-13 08:25:09 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

ただ、現実と言うのは無理にでも「割り切らなければ」回って行かないし、その厳しさに耐えることもまた重要だと思います。初めから「真実そのものには辿り着けない」とだけ言っていると、町山さんの指摘される蓮実エピゴーネンの批評のような、→ @TomoMachi

2010-10-13 08:25:39 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

しかし一方現在、自分の好きな雑文の自由さと振り幅が、分かりやすく(社会科学的な統計や分析等に)エビデンスを求め過ぎる風潮によって、殺されかかっている状況がある。これに反発し、抵抗したい、あるいはそこから自由で居たいという気持ちが、今自分には強くあります。 @TomoMachi

2010-10-13 08:26:33 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

要は、「これが真実だ」という傲慢にも、「真実には辿り着けない」という前提に甘えることも共にまずい。概念に寄りかかって現実の振舞い方の(それは当然「書く姿勢」を含みます)バランスと緊張感を意識する事こそが重要なんだと思います。ありがとうございました。 @TomoMachi

2010-10-13 08:26:57 - 返信元ツイートを取得する

 

TomoMachi

著書を読んだうえで批判しているのかと思っていたのですが…。お忙しいところ恐縮ですがまず私の実際の作品を読んでいただけますと幸いです。 RT @hitokirigoro 町山さんのこれまでの仕事に当たって、具体的に論証する時間と余裕が、今自分にはありません。 @TomoMachi

2010-10-14 00:35:31 - 返信元ツイートを取得する

 

TomoMachi

研究とか論文というものは事実の検証を基にして自分の意見を組み立て主張するものです。その際にいちいち「これは私の見解であって、他の見方もあるでしょう」と断り書きをつけて欲しいということでしょうか?  @hitokirigoro

2010-10-14 01:48:34 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

町山さんとしては、そうしたものと評論とを明確に区別したいということでしょうし、それには僕も反対しません。ただ、勢いそうしたものが、客観的真実と関係がなく、無価値であるかのように主張されているところがあると、僕は受け取っています。 @TomoMachi

2010-10-14 02:08:59 - 返信元ツイートを取得する

 

hitokirigoro

ただ、あえて血肉化した実感のみのアドリブで、空気を掬う様に書いた方が、真実に近づけるという場合はあります。そこはそれぞれの書き手の資質の問題だと思います。そしてそれは、調査研究に留まらない、経験知などあらゆるものを含む総力戦だと思います。 @TomoMachi

2010-10-14 02:59:07 - 返信元ツイートを取得する

 

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