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にらめったー(NearMetter)とは、気になる2人のTwitterユーザー対談が見られるツイ談(Twi談)サイトです。

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取得可能 (最終取得時間:2010-06-19 12:04:04)

kentarotakahashT_hisashi のツイ談  

kentarotakahash

これは実は断言できないところだと思われる。 QT @t_hisashi というか「録音」という技術の発明がなかったら20世紀のポピュラー音楽は存在すらしなかった。

2009-12-21 12:04:23 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

補完物、疑似体験(=どこかにオリジナルがある)という認識自体が、間違っているかも。 QT @t_hisashi 元々は補完物だった録音メディアが、現場以上の意味合いを持ったところにポピュラー音楽の本質がある。

2009-12-21 12:08:27 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

半分正しいんだけれど、サンバやクロンチョンのことを考えると録音技術がポピュラー音楽の生成に不可欠とは言いきれないはず。 QT @t_hisashi 録音とポピュラー音楽って絶対切り離せないんですよ。録音技術の発明とポピュラー音楽の発生が同時期だったことは絶対偶然じゃない。

2009-12-21 13:18:29 - 返信元ツイートを取得する

 

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kentarotakahash

クラブ・ミュージックは録音音楽で、それを再生する場所が「現場」となっている。そこでの現場主義は極めて正しいようにも思える。 QT @t_hisashi @masataka_ishida 基本的には大衆音楽は録音メディア音楽だという確信があるのです。現場主義はクラシックじゃないか

2009-12-21 13:46:55 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

「個人的な音楽」という一つの社会的産物だ。RT @kentarotakahash: どんなに個人的な音楽も、音楽であることによって、個人を超えてしまう。

2009-12-23 18:02:08 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

音楽は社会に向けて発信されてこそ初めて音楽となる。RT @t_hisashi: 「個人的な音楽」という一つの社会的産物だ。RT @kentarotakahash: どんなに個人的な音楽も、音楽であることによって、個人を超えてしまう。

2009-12-23 18:07:01 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

とは思わない。 QT @t_hisashi 音楽は社会に向けて発信されてこそ初めて音楽となる。

2009-12-23 18:48:35 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

でもさ、聴き手のいない音楽ってあるの?RT @kentarotakahash: とは思わない。 QT @t_hisashi 音楽は社会に向けて発信されてこそ初めて音楽となる。

2009-12-23 18:49:50 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

それって「音楽」って呼んでいいのかなあ。RT @kentarotakahash: 演奏者以外に聞き手のいない音楽はある

2009-12-23 18:57:32 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

リアルな共同体にせよ、メディアを介した仮想聴衆にせよ、なんらかの聴き手が存在しないと、音楽は成立しないと思うけど。RT @kentarotakahash: 聴衆などいないのが、本来の姿と思うことさえある。

2009-12-23 18:59:34 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

馬子唄は音楽ではない説。 QT @t_hisashi それって「音楽」って呼んでいいのかなあ。

2009-12-23 19:00:25 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

それも、なにか仕事をしているという社会性の中で成立してるわけでしょ。RT @kentarotakahash: 馬子唄は音楽ではない説。 QT @t_hisashi それって「音楽」って呼んでいいのかなあ。

2009-12-23 19:02:06 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

というか、演奏、歌唱の成立している場というのは社会でしかありえないと思う。そういう意味で音楽は社会に向けて発信されてこそ、と言ったのだ。RT @kentarotakahash: だが、演奏者の社会性=音楽の社会性ではない。

2009-12-23 19:11:19 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

音溝に刻むという行為は、将来誰かが聴くかもしれないという前提がないととても出来ない行為だと思うのだが。RT @kentarotakahash: 昨日のエドワード・レオン・スコットの話。歌っているのがスコットだとして、それをフォノオートグラフに刻んだ時、彼は独りだったかもしれない。

2009-12-23 19:16:31 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

聴衆がいる、いない、という話がいきなり、その場が社会かどうか、に飛躍している。社会的でない人間などいないのだから、それはもう、議論するような話ですらない。 QT @t_hisashi というか、演奏、歌唱の成立している場というのは社会でしかありえないと思う。

2009-12-23 19:17:13 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

いや、音楽の場に聴衆がリアルにでも仮想的にでも存在するということは、とりもなおさず音楽は社会的ということになると思うのだが。RT @kentarotakahash: 聴衆がいる、いない、という話がいきなり、その場が社会かどうか、に飛躍している。

2009-12-23 19:19:43 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

が、それでは今の音楽文化(もちろん、それは社会的な)も存在しえないかっただろう、と僕は言っている訳です。 QT @t_hisashi いや、音楽の場に聴衆がリアルにでも仮想的にでも存在するということは、とりもなおさず音楽は社会的ということになると思うのだが。

2009-12-23 19:27:21 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

否定はしませんが、それは「音楽」とは別の何かではないかと。RT @kentarotakahash: 聴衆を仮想もしない音楽が存在する、ということを否定する訳ですね。

2009-12-23 19:45:11 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

「音楽」と呼ぶのには抵抗ありますね。RT @kentarotakahash: 例えば、僕は数十曲は作曲した曲があるけれども、人が聞いたことがあるのは、ごくわずかです。そもそも、自分のために作っているだけなので。それは音楽ではないと? QT t_hisashi 否定はしませんが、そ

2009-12-23 20:01:39 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

明日、僕がそれを発表したら、その瞬間に「音楽」になるんですか? QT @t_hisashi 「音楽」と呼ぶのには抵抗ありますね。

2009-12-23 20:07:53 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

.@t_hisashi さんの考え方だと、レオン・スコットの歌は音楽ではなかった。150年後のある日、音楽になったのだね。本人の意思とはまったく関係なく、未来の誰かの手によって。それはそれで、すごくロマンチックな考え方だな。

2009-12-23 20:15:50 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

はい。聴かれない音楽は「音楽」ではないということでしょうね。なんかそんな歌詞あったような・・・。RT @kentarotakahash: 明日、僕がそれを発表したら、その瞬間に「音楽」になるんですか? QT @t_hisashi 「音楽」と呼ぶのには抵抗ありますね。

2009-12-23 21:08:26 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

別に録音物が共有されてなくても、その場限りの現場の音楽というものもあるでしょう。それもまた音楽。RT @kentarotakahash: でも、聞けないものは音楽じゃない、メディアに載っていないものは音楽じゃない、みたいな考え方は一般的なものだろう。テレビやラジオで流れない、イン

2009-12-23 21:09:42 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

そういう人は聴ける音楽だけ聴いて満足していれば良いんだと思うな。でも、聴けない音楽へのイマジネーションが、次にやってくる音楽を生み出すのです。  QT @t_hisashi はい。聴かれない音楽は「音楽」ではないということでしょうね。なんかそんな歌詞あったような・・・。

2009-12-23 21:32:28 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

でも、独りの演奏者が楽器と会話するように過ごす時間は「それもまた音楽」にならないんですよね。とっても不思議。 QT @t_hisashi 別に録音物が共有されてなくても、その場限りの現場の音楽というものもあるでしょう。それもまた音楽。

2009-12-23 21:36:01 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

音楽になる前の、音楽家の頭の中でモヤモヤしてるものとかは、やはり音楽になる前のものじゃないの?RT @kentarotakahash: そういう人は聴ける音楽だけ聴いて満足していれば良いんだと思うな。でも、聴けない音楽へのイマジネーションが、次にやってくる音楽を生み出すのです。

2009-12-23 21:36:44 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

高橋さんが言ったように「自分の中の他者」というか、演奏者自身が聴き手となるということを考えれば、それもまた音楽になるんですか?RT @kentarotakahash: でも、独りの演奏者が楽器と会話するように過ごす時間は「それもまた音楽」にならないんですよね。とっても不思議。 

2009-12-23 21:39:15 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

完成品の音楽しか欲しくない人はそれでいいんじゃないですか。音楽には習作段階のものだってあるし、まだ練習途中のものだってある。 QT @t_hisashi 音楽になる前の、音楽家の頭の中でモヤモヤしてるものとかは、やはり音楽になる前のものじゃないの?

2009-12-23 21:40:05 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

例えばチャーリー・パーカーの「フェイマス・アルト・ブレイク」なんかは演奏としては完全に破綻してるので、全体を残さなかったと思うけど、ブレイクだけで十分音楽的ではある。多くの別テイクもそう。でも発表されたわけだから。RT @kentarotakahash: 完成品の音楽しか欲しくな

2009-12-23 21:43:29 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

レコード会社の都合とか、テープがなくなっちゃったとかでお蔵になったテイクは「音楽」ではないと? QT @t_hisashi 例えばチャーリー・パーカーの「フェイマス・アルト・ブレイク」なんかは演奏としては完全に破綻 〜 でも発表されたわけだから。

2009-12-23 21:48:38 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

.@t_hisashi で、そこに「音楽以外(未満?)の何か」を設定することの意味が分からないんですけれど。

2009-12-23 21:49:54 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

いやだから、先のポストで書いたように、演奏者自身が第一の聴き手であるという意味では、聴き手が存在してるから音楽なんでしょうね、多分。RT @kentarotakahash: レコード会社の都合とか、テープがなくなっちゃったとかでお蔵になったテイクは「音楽」ではないと? 

2009-12-23 21:52:35 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

それは僕は最初から否定していない。社会に向けて発信されないものは音楽じゃない、というのには断固アゲインストする、というだけ。QT @t_hisashi いやだから、先のポストで書いたように、演奏者自身が第一の聴き手であるという意味では、聴き手が存在してるから音楽なんでしょうね

2009-12-23 21:56:36 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

演奏者個人しか聴き手が存在しなくても、自己と(自分の中の)他者が存在する場というのは、もはや社会と言える気もするなあ。RT @kentarotakahash: それは僕は最初から否定していない。社会に向けて発信されないものは音楽じゃない、というのには断固アゲインストする、というだ

2009-12-23 21:58:53 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

自己の中の他者とか社会規範とか、僕は社会学やったんで当然考えますが、もともとの貴方のポストはそういうものじゃないないですか。  QT @t_hisashi 演奏者個人しか聴き手が存在しなくても、自己と(自分の中の)他者が存在する場というのは、もはや社会と言える気も

2009-12-23 22:02:05 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

まあ、やり取りの中で徐々に変化するのは当然でしょう。最初どんなこと言ってましたかね(笑)。RT @kentarotakahash: 自己の中の他者とか社会規範とか、僕は社会学やったんで当然考えますが、もともとの貴方のポストはそういうものじゃないないですか。

2009-12-23 22:04:27 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

.@t_hisashi 独りでいたって、そこは社会だってのが前提なら、貴方は一体に何について意見を投げてたんですか? 人がいなかったら、音楽を奏でる行為自体が存在しえない。独りでもいればそこは社会だ、とするなら、独奏だろうが鼻歌だろうが全部、社会に投げられた音楽でしょ。

2009-12-23 22:06:33 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

高橋さんの場合は、社会的営為としての音楽ってものに対し、そうでない音楽もあるってことを言ってるんですよね。RT @kentarotakahash: .@t_hisashi 独りでいたって、そこは社会だってのが前提なら、貴方は一体に何について意見を投げてたんですか? 人がいなかった

2009-12-23 22:10:38 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

なんじゃそれ。まあ、多いけれどね、こっちの言ったことを途中から自分の意見のように使い始めて、自己矛盾に陥ってのに気づかない人って。 QT @t_hisashi まあ、やり取りの中で徐々に変化するのは当然でしょう。最初どんなこと言ってましたかね(笑)。

2009-12-23 22:12:45 - 返信元ツイートを取得する

 

kentarotakahash

貴方が最初に言ったことに僕が異を唱えたのだから、問題なのは、貴方の前提ですよ。前提がころころ変わるんじゃ、話にならないでしょ。 QT @t_hisashi 高橋さんの場合は、社会的営為としての音楽ってものに対し、そうでない音楽もあるってことを言ってるんですよね。

2009-12-23 22:15:36 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

最初は音楽は社会的営為だと言う時の社会ってのは、演奏者以外の聴衆の存在が前提だと思ってた。けど、演奏者自身の中の他者・聴衆というものも存在すると気づかされたというわけです。RT @kentarotakahash: なんじゃそれ。まあ、多いけれどね、こっちの言ったことを途中から自分

2009-12-23 22:16:05 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

このことに最初は気付いていませんでした。スミマセン。やり取りの中で初めてこれが見えてきたのです。RT @kentarotakahash: 演奏者自身の中の他者・聴衆を社会的存在と認める

2009-12-23 22:28:16 - 返信元ツイートを取得する

 

T_hisashi

音楽は社会的営為であるという時の社会とは、演奏者・歌手以外のリアル、もしくは仮想的な聴衆の存在を前提にするものだと最初は考えてました。でも、それだけじゃないと気づかされました。@kentarotakahash: 演奏者自身の中の他者・聴衆を社会的存在と認める

2009-12-23 22:30:11 - 返信元ツイートを取得する

 

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